再会と勝負

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 売れたのは一冊。その一冊が今ここにある。 「瑞希ちゃんの絵って細かい部分まで丁寧で、キャラクターも可愛く描かれてて凄いですよね」  その一冊の所持者があたしの絵を絶賛する。  嬉しかった。  そこまで見ていてくれたことが。  上手いと言われたことは何度もある。でも、ももかのようにそこまで見てくれた人は指折りで数えられるほどしかいない。  漫画やイラスト、いや、あらゆる創造物を作る側はこれでも結構考えて作成している。  あたしがメインで描く漫画にしても、コマ割や吹き出し位置、どこで引きゴマ、見せゴマを出すか。例を上げたら切りがないほど考えている。  そんなに考えることがあるって言うのに、週刊の漫画雑誌に掲載している漫画家さんとか、どんだけのスピードでネーム描いて、どんだけのスピードで下書き描いて、どんだけ(以下略)。  え……と、話を戻そう。  つまり、作る側にとってみれば細かい部分に気づいてもらえることはとても嬉しいってわけ。  まあ、中にはそんなことない人もいるだろうけど、あたしは嬉しいと思う。だって自分が頑張った痕跡をちゃんと読み取ってくれたわけなんだからね。  だから、彼女の言葉を素直にあたしは嬉しいと感じたんだと思う。 「……あ、ありがと」  まあ、ももかのようにまっすぐなほど素直に感想を言われると、なんか気恥ずかしくて、あたしはつい素っ気なく答えてしまうんだけどね……。 「これからの瑞希ちゃんの漫画が今からとっても楽しみです」 「……っ」  なんで……。 「あっ、次回作ってもう描いてるんですか?」  諦めた今になって……。 「よければ今度見せてください~」  あたしの絵を求める人が現れるのよ……。 「わたし瑞希ちゃんの絵見てるだけで楽しいですから」 「そう……嬉しいよ、そう言ってもらえて」  同人誌をももかへと返す。  伝えなくてはならない。それが彼女の楽しみを奪うものでも。  伝えなくてはならない。それが彼女を失望させる残酷な言葉だとしても。  あたしは伝えなくてはならないのだ……。 「楽しみにしてて。あたしの最後の同人誌になるだろうからさ……」  言ってあたしは屋上の出入り口へ早歩きで向かう。
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