秘策

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「しかし何故じゃ、何故日向守が上様を‥」 勝家はつぶやいた。 「そうじゃ、こうしてはおれぬ、直ちに軍を返すぞ!大返しじゃ!!光秀だけはなんとしてもこの手で討たねば!!」 勝家は弾かれたように立ち上がると、 「利家、主だった者らを集めておけ」 と言い残し、広間へと向かっていった。 夕庵は黙したままそれに付き従っていたが、ふと足をとめて口を開いた。 「権六様、大返しを為さる御積りなら、上杉はどうなさります?」 「そうじゃ、それが問題なのじゃ…。光秀を討つにはそれ相応の兵力が不可欠。故に北陸をほぼ空にすることになる‥そこを上杉に突かれれば、一たまりもなかろう」 「某に一つ、上杉に後ろを脅かされることなく、確実に大返しの可能な策が御座います」 「なんと、そりゃ真か!?」 「はっ。ただ、その策を取るには、あるお方に捨石となってもらわねばなりませぬ‥」 「なに?いったい誰を捨石にせよと言うのじゃ」 「森武蔵守殿に御座ります…」 この時、森武蔵守長可(もり むさしのかみ ながよし)は、 武田攻めの功によって、旧武田領北信濃から更級・高井・水内・埴科の四郡が加増され、そこから直接越後を窺っていた。 「森殿の軍勢が越後に入れば、上杉景勝の居城である春日山城まではそうありませぬ。 そうなれば景勝殿は居城の守備を固めねばならず、我らを追う事はかないますまい。」 「確かに…されど、その抑え、長くは持つまいな?」 「御意。上様御自害の一報が上杉に届けばそれまでに御座います。上様の死を知れば上杉軍の士気は上がりましょう。逆に森殿の軍勢の士気は地に落ちるでありましょう。ただでさえ剽悍(ひょうかん)を持って鳴る上杉軍。いくら鬼武蔵の異名をとる森殿とて…」 勝家は夕庵の話の先を手で制し、 「良きに謀らえ・・・」 とだけ残して再び広間へと向かって行った。 その顔には、その心の葛藤と悲壮な決意が表れていた
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