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その場に居た全員の視線が一点に留まったのは、つい先程のことだった。
息を切らし、汗を滴らせ、静かに冷ややかに見据えるその先には、一人の少女が立ち尽くしている。
「おまえ……いい加減にしろよ」
背の高い少年が、鮮やかな装飾が施された帽子を乱暴に取り床に叩きつけた。つかつかと歩み寄る少年に少女の瞳は潤み、顔を歪ませながら唇を震わす。
「あと一時間しかねぇんだぞ! わかってんのか!」
すぐそばまで近付いた少年に必然的に見下された少女は、首元のローブを掴まれると勢い良く引っ張られた。体が持ち上がってしまいそうなほどの力。少女は両手で彼の手を掴み、その息苦しさから逃れるのが精一杯だった。
「ご、ごめんなさいっ」
ようやく発せられた言葉は、本日何回目になるだろうか。
聖夜祭でのクラスの出し物はミュージカルに決まり、慌ただしく準備が行われた。紺色のとんがり帽子とローブに揃いの装飾を施し、制服から一点衣装へと変えた。ダンスも歌も魔法の演出も自分たちで考えた。
朝からこの練習会場にこもり、休みも満足にとらず、皆が最後の調整だと気合いを入れて臨んでいた練習。ただ一人、魔法を使った見せ場でミスを繰り返していた少女。
「何回間違えれば気が済むんだ、あ? てめぇに合わせて簡単な魔法に変えてるんだぞ。どこまでおちこぼれてんだよ」
「ごめんなさい、ごめん」
少女の頬を涙が濡らす。少年はより鋭くした眼孔を少女に向けると、強く握りしめたローブを乱暴に放し「やってらんねぇ」と背を向けた。
「ガトー、待って、もう一度――」
そう言って少年の腕にすがろうと掴んだ少女の手は、いとも簡単に払いのけられた。その反動で小さく軽い体は尻餅をつく。腰まで響いた痛みにうめいても、周囲からは重苦しいため息と罵声しか発せられない。
差し出される手も優しい言葉もなく、少女は立ち上がることもできず、ただ俯き床に落ちる滴を歪んだ視界に捉えるしかなかった。
みんながレベルを下げてくれたのに――と、悔しい思いが少女の胸を締め付ける。
「足手まといなんだよ。聖夜祭を汚すな――出てけ」
ガトーと呼ばれた少年の発した言葉は、少女の胸をさらに締め上げた。少年の言葉に続き、出てけ、出てけと重なるクラスメイトの声と手拍子が部屋中に響き渡る。
少女は力なく立ち上がると、振り向くことなく会場を飛び出した。
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