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短く速く呼吸を繰り返す。蒼く染まる唇から吐き出される白い息は、辺りの闇に飲み込まれるように消えていく。
降りしきる雪も頬を刺す凍てつく空気もさして気にかからない。それほどまでに彼女の体は熱を帯びている。唇とは対照的な色を差す頬と鼻先、服の下でじんわりと汗ばんでいるのがその証拠といえるだろう。ましてや周囲の状況を知り得る余裕など、彼女には一塵もなかったのである。
「ーーはぁ、うっうぅ、もう、やだぁ」
走ったのと泣いたので乱れた呼吸に苦しさを感じながら、彼女は一人呟いた。
俯き、溢れて止まない涙を袖口で拭いながらとぼとぼとと歩き続ける。
降り積もり、まだ誰の進入も許していなかった雪道をさくさくと踏み進む音と鼻をすする音とが、しんと静まり返った闇に吸い込まれていく。
「……ぐすっ」
一際大きく鼻をすすった後、ふと顔を上げる。木々がその枯れた枝でつくる細いトンネルの隙間に、金色に照らされた満月のシルエットが浮かんでいた。厚い雪雲を通して、その輝きは地表に届けられる。
「どうして、私に力を与えてくれないの?」
目尻には再び涙が溜まり、流れ落ちる。歪んだ視界をぐっしょりと濡れた袖で晴らし、唇を噛み締めて今一度満月を見上げた。
月の光は魔力を高める。曇りの日であれ、雨の日であれ、視覚的に捉えることの出来ない月であってもその効果はある。その中でも満月は、時に計り知れない力を人々に与えるのである。遮るものが何も無い状態であればあるほど、月の光の恩恵を受けることができるのだ。
彼女には一度も、その恩恵たる力が与えられた覚えなどないのだけれど。
月にさえ見放されてしまったのか――目を伏せ、小さく笑った。自嘲。私には、月の力を授かる価値なんて、ない。
漸く体表温が外気温の刺激を感知するようになり、少女は自分自身を抱きしめ大きく身震いをする。その姿は、慰めているようであり、護っているようでもあった。
「ーっさ、さむ」
冬の制服の上にローブを羽織り、鮮やかな装飾が施された帽子。膝丈のスカートと膝下まであるロングブーツ。タイツは履いているものの、彼女が身に着けているものはそれだけである。
このままでは――凍死――。
その言葉が浮かぶと同時に、背中にぞくりと恐怖が走る。
死にたくはない。しかし、街に戻るわけにもいかない。少なくとも、聖夜祭が終わるまでは。
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