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二人が戻ったときには既に、店は清掃され、珈琲や紅茶のメニューも姿を表し、その他昼の喫茶店としての準備ももう済まされている状態であった。
当たり前である。
現在、時刻は11時21分。開店は11時だ。
しかし扉の前の自立式の黒板には白いチョークで『close』の文字があったのに、チカは気付いていた。
本当に商売っ気がない。
するとカウンターの中で、灰色の髪をした眼鏡の老人が二人を見止めた。彼がその凡そ商売人とは思えない、この店の主である。
店主は柔らかい笑みを浮かべて、青年たちに声をかけた。
「お帰りなさい」
「マスター、仕事って」
「ジイさん、珈琲。ブラックで」
ヒメはカウンター席にどかっと座り、煙草に火を点ける。
銀髪の老人はヒメの注文ににっこりと笑顔で答え、無言で珈琲を淹れて、「君も座って下さいな」とチカに促した。
カップが2つ並ぶ。
チカが席に着いたことを確認し、彼は話し始めた。
「昨晩、私に直接、カルヴァドスの注文がありました」
カルヴァドス。
限られた産地でのみ造られた林檎の蒸留酒をこう呼ぶ。
異常と云われてだしてから1世紀は軽い、この『過冷』気候が最早普通になった現代。
各地の平均気温は5℃以上下がり、様々なところに大きな影響を及ぼした。
例えば、人間社会。
人口は、1世紀前のおよそ30パーセントにまで減少。
そして統治者の居るこの帝都を含め、外界に棲むのは、成人男性のみである。
もちろん彼らを取り巻く自然環境にも深刻なダメージがあった。
そのような意味では被害をまともに喰らった形となる農業だが、もちろん酒類も例外ではない。
ましてもともと稀少であった林檎酒、こをな場末の酒場で口にできはしない。
それを頼んでくるということは、
――――『掃除屋』への暗号だ。
依頼に関しての情報を得るルートも限られている。
本気にせよ悪戯にせよ、警戒は必要という訳だ。
紳士は続ける。
「これがお酒をお出ししたときのコースタです。どうぞご覧になって下さい」
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