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老紳士が紙製のコースタを二人の真ん中に滑らせた。
抑えている右手の甲。
血管が見える。浮き出ている。年齢。
それが――――離れて。
見る。
そこには。
赤錆色の掠れた、『K』の文字があった。
「…………K」
「――――『KILL』、か」
ヒメが甘い煙を吐きながら、チカの呟きに続ける。
それは紛れもなく彼らの仕事。
『コロセ』、の依頼だった。
「で」
じり、と吸いさしの煙草を捻り消し、ヒメは頬杖をつく。
「どんな奴だったよ」
ヒメの、露骨な笑みが見えた。
「…………」
――――煙草……消すか。
チカの気は重かった。
ニコチン中毒疑惑のある彼の同居人が、自らこうして煙草を消すことはそうそうない。
つまり。
――――ヤル気満々じゃない。
つまり彼の負担が増えることと同義である。
老人はヒメの問いに答えて言った。
「23時頃いらっしゃいましたお若い方です。黒金の手甲をされていました」
「23時?早えな」
「いや……でもいつもなら、一番混み出す頃だよ」
昨日の混み方はトリッキーではあったが、普段は確かにその時間からが勝負である。
しかし。
――――厄介だな。
顔さえ。
・・
顔さえ視ていれば、チカには切り札があるのに――――
「よりにもよって……ああ、混み出す時間を狙ったってことか」
誰かも分からない『掃除屋』に、顔バレがしにくいように。
「しかもかなり前から計画的に、だろうな」
「え?」
「ジジイ。心当たりは」
「ちょ……っと待って」
「あん?」
「どうしてそうなる?混み出す頃に来るのは妥当でしょう?」
チカは混乱していた。
全く頭が回っていない……その自覚があるほどにパニックだ。説明が欲しい。
纏まらない真実と、考察とをとりあえず見定めようと、チカは言葉を並べる。
「『掃除屋』の情報を得て……多分、エリから……それで店を見つけて、もう既に混んでたから入ったって可能性だって、確かに軽率だけど十分……」
「阿呆」
するとヒメは明らかに機嫌を悪くして、チカの呟きを遮った。
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