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「考えろ。この程度頭ァ遣うもんでも」
「まあ、暴君。少し折れてさしあげてもよろしいでしょう
ことん、と、小さなチーズケーキがカウンターに置かれた。
店主が作っていたらしい。絶妙のタイミングである。ヒメの(場合によっては、チカの)好みと性格を知り尽くした対応だ。
ヒメはケーキを見て、眉根を寄せた。
機嫌が良くなったときの彼の癖である。多分、自覚はしていないが。
今だ。
「ヒメ、教えてくれない……よね」
チカはトドメを指した。
ヒメの眉間の皺が一層濃くなり、一度舌打ちをする。
「俺が説明するなんて二度とねえから光栄に思え」
溜め息をひとつ吐いて、ヒメは話し始めた。
「昨日、店が本格的に混み出したのは?」
「え……っと、ヒメが帰ってきたくらいだから……8時過ぎ?」
「なら普段と全く違った訳だ。なのにそいつは11時――――いつもなら混み出す頃を狙って、来た」
「ああ」
「初めて来る奴なら」
ヒメはそこで息をつき、ケーキに目をやる。
「外で見張るでも何でもして混み出す時間を狙ったとしても、それは8時過ぎになる筈だ。見てたんなら尚更な。しかし今回、そいつは11時……いつもなら、混み出す頃に来た」
――――そうか。
「下調べが、あったのか……」
「以上」
ヒメは一口ケーキを咀嚼し、店主を目だけで見た。
「で、見覚えは」
「ございません」
「フン」
この老人は信頼できる。
彼が見覚えがないというのなら、相当に巧妙にやったのだろう。
「ならコースタから探るか。ジイさん、これ、そいつの直筆だな?」
「はい。右の親指で書かれていたようですし、まず」
「とりあえずは、店に来た本人の血文字とみて間違いなさそうだね。マスター、ありがとうございます」
老店主はまた温厚に笑った。
「さ。まずは依頼人に接触しなきゃ」
「ああ」
ヒメは新しい煙草を取り出し、また「火」とチカに要求した。
「だからジッポ、」
「お前」
歩き始めていたヒメは店の扉を開けながら、振り返ってチカを見る。
「ジッポとお前、どっちが持ってて安心だと思うよ?」
からんからん、とベルを鳴らして、扉はヒメを呑み込んで閉まった。
「いってらっしゃいませ、お気をつけて」
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