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知らない人だ。もっとも、僕には知り合いと呼べる人なんていないのだけれど。
女の人から視線を離して、もう一度紙切れを見下ろした。何でこの人はこんなものを僕にくれたのか。そう考えたとき、僕の脳裏に人さらいという文字が浮かび上がった。死んだ母さんが昔、言っていた。知らない人から物を貰ったらいけない、もしかしたらその人は人さらいで、桐荏[きりえ]を遠い場所に連れて行ってしまうかもしれないよ、って。
怖くなって、僕は紙切れを女の人に返そうと差し出した。勢いよく腕を突き出したせいで、脇に挟んでいた大事な本を落としてしまった。パタンと石畳を鳴らす本の音が、辺りを微かに響かせた。
女の人は困惑したかのように頭を傾けた。傾けた拍子に、頭が街灯の明かりから逸れて、女の人の顔を初めて見ることができた。
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