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その日の昼休み。
勇也は机一杯のパンを見下ろして、にっこり4人に手を振った。
「やあご苦労!本日の500円は俺の小遣いに変わったよ。サンキュー!」
「くっそ、やられたぁ…。益々ムカつくあのやろ~…」
頭を抱える長野を見上げて、とぼけた顔で指摘する。
「そういう逆恨みはよくないよ?そもそも賭けなんか始めたお前らが悪いんでしょ?ダメじゃない方に賭けてたって、結局ムカついてたんでしょうに。諦めれば?」
「なんだよ、橘はあいつの支持者か?随分肩持つよな、さっきから」
不機嫌そうなクラスメートに、勇也は肩をすくめた。
「支持なんかしてないよ。ただのクラスメートじゃん。それ以上でも以下でもないし。不支持じゃない理由も同じだよ?意識し過ぎてんのはお前らじゃない?」
「う…。まあ確かに…」
「言われてみればそうだよな…。なんか虚しくなってきたぜ…」
「あいつに比べりゃ、俺たちゃ虫けらだ~!」
「虫けらは虫けら同士慎ましく生きていくぞ~!」
「虫けらばんざ~い!」
いやいやそこまで卑下しないでね?
腕を掲げて去って行く4人の背中に、エールを送る勇也である。
50メートルタイムの結果は、有無を言わさず勇也に軍配が上がった。
何秒を境に『運動音痴』を定義付けるか。
そんなことは相談すらしていなかったのに、黒川悠一がはじき出したタイムは、4人を絶句させて、勇也を笑顔にした。
6秒2なんて、クラスで4番目の俊足じゃん。
俺なんか目も当てらんないじゃん。
午前中を回顧しながら4種類のパンでお手玉していると、当の本人が前からやって来た。
当然自分なんかに目もくれない黒川悠一だったが、横を通り過ぎる瞬間、勇也は思わず声をかけていた。
「黒川!」
「……」
立ち止まって振り返った顔は、相変わらずの無表情。
そして呼吸を忘れるような麗人顔。
「パンを沢山ありがとね」
「…パン?」
「そう。アンパンマンの仲間達実写版、みたいな?」
「よく分からん」
真顔のままで呟くと、何事もなかったように歩いて行った。
当然の反応だった。
勇也が黒川悠一と初めて交わした、限り無く一方的な会話。
おそらく向こうは覚えてもいないだろう。
この夏に起きた事件に比べれば、あんな些細な賭事は、教室の片隅に溜まった埃同然だったのだから。
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