303人が本棚に入れています
本棚に追加
期末テストを終えたばかりの、7月頭のことだった。
日本中が激しい熱気と湿気を纏い、夏の前半戦に既に白旗を掲げていた。
「自殺だって…」
「有り得ないよね…。かっちゃんに限って」
周囲の同級生の動揺は、勇也の動揺そのものだった。
勝浦菜子。
クラスでは明るく元気で人気者。
成績も良く、いつも笑顔で溌剌な発言。
今朝登校したら、正門にテレビカメラやマスコミが殺到していた。
教師の誘導でなんとか教室に辿り着いたものの。
夏の暑さは一掃され、淀んで冷えた空気が校内を灰色に染めていた。
勝浦菜子が自殺した。
勇也も仲が良かった女子だ。
いや、勝浦はクラスメート全員と仲が良かった。
あの無口で感情乏しい黒川悠一とさえ。
勇也はとっさに彼の姿を探した。
いつもと変わらず自分の席に座って、微動だにせず空を睨んでいた。
その表情からは、怒りも憂いも何も読み取ることは出来なかった。
全校集会での校長の話は、耳を塞ぎたくなるほどイライラした。
あんたが勝浦の何知ってたってわけ?
啜り泣く同級生の気配を感じながら、勇也はただ矛盾と戦っていた。
マスコミの食い付き様も凄まじかった。
都内トップの進学率を誇る名門校で起きた惨事。
勝浦が自殺したのは自宅の自室だったらしいが、そんな事は何一つ影響しなかった。
しばらく名山の周辺は歩き辛かった。
明らかにマスコミと分かる連中を睨み付け、群がるハエを払うように登下校する日々が続いた。
夏休みを目前に控えた頃。
遺書が見つからず、学校生活のひび割れも見当たらず、勝浦の自殺は驚くべき早さで風化されつつあった。
ただ1つを除いて。
戻って来た期末の結果を眺めた後、勇也は斜め前の空席に視線を注いだ。
勝浦の席は、自殺後すぐに撤去されて、そこに誰もいなかったかのように詰められている。
その入れ替わりに、ずっと空席になっているクラスメートが気がかりだった。
「…あ、五十嵐。五十嵐って、夏目と仲良かったよね?」
通りがかった女子を呼び止めたのは、頭に浮かんだ疑問を明確にしたかっただけ。
本当にそれだけだった。
五十嵐は笑顔で振り返った。
「仲いいよ?」
「夏目、あれからずっと休んでるよね?理由知ってる?」
「ああ…。たぶん、かっちゃんの事があると思う」
最初のコメントを投稿しよう!