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定番の校長の挨拶には辟易した。
名高い名山の校長だけに、挨拶の内容に期待したが、大して感銘を受ける内容ではなかった。
在校生の挨拶も似たようなものだった。
退屈の域を脱する要素はなく、ようやく迎えた最後のプログラムに、ホッと息をつく。
『新入生代表、黒川悠一』
代表コールがかかっても、勇也は視線を上げなかった。
さっさと読み上げて式を終わらせてくれと思った。
代表が壇上に上がる気配を、そんな気持ちで斜め頭上に感じていた。
やがて読み始めたマイク越の声に、勇也は思わず顔を上げた。
挨拶は無難な内容だった。
でも、その声や語り口調に魅了された。
う~ん。
まさに威風堂々って感じ?
均整のとれた長身の後ろ姿に釘付けになりながら、そんな感想を密かに抱いた。
やがて挨拶を終え、校長に深々丁寧なお辞儀を見舞い、振り向いたその姿に勇也は絶句した。
壇上からステップを真っ直ぐ降りてくる学生に、呆気にとられて放心した。
周囲から微かなどよめきが上がった。
そのどよめきすら、当然だと感じた。
あれを冷静に受け入れる方が無理な話だとさえ思った。
それほどに、魅惑的な姿だった。
式を終えて教室に戻る途中、トイレに寄った。
遅れをとって戻った教室前で、人だかりに遭遇して、中に入るのが困難だった。
「なになにこの騒ぎ…。殺人事件でも起きた?」
ブツブツ文句をたれながら、人ごみをかき分けて入ったその先に、勇也は発見した。
無愛想に右手で頬杖をつき、空いた左手で文庫本を器用に捲っている。
『新入生代表、黒川悠一』。
勇也の席からは死角にあたる位置で、気配を殺すように1人佇んでいた。
「…うわぁ壮絶…。廊下の女の子達は、みんなあいつが目当てなわけ?」
「迷惑だよな、あんなケタ違いがクラスにいたら。俺達引き立て役以外の何者でもないぜ」
席に辿り着いた自分の独り言に、前の席の男子が振り向いて返してきた。
「え?なんで?迷惑どころか歓迎じゃん。可愛い女の子物色出来るよ?」
「奴が目当ての女子なんか願い下げだぜ」
「え?だって、釣りで魚が釣れて得するのは、エサじゃなくて釣り人じゃん。モノは考え様!自分は釣り人だと思い込むべし!」
「ぷっ」
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