1.出会い

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ここの教師は不親切な人間が多い。 名山の教室に居並ぶ生徒は『これが出来て当たり前』だ、という前提で授業を進める。 下らない質問を受け付ける雰囲気は微塵もなく、油断すれば果てしなく放置される。 宿題の量も半端ではない。 各教科で出された宿題を全てまともにこなせば、帰宅してから夜中までを平気で要する。 これが伝統校名山の実態ね…。 万事において余裕の構えの勇也も、最初はいっぱいいっぱいだった。 でも慣れれば自分に合った。 やがて暦は初夏を迎え、ブレザーに重みと厚みを感じ始めた頃。 宿題のペース配分にもすっかり慣れ、寝不足からも解放され始めた勇也の気分は、来るべき夏に向けて爽快だった。 夏は好きだ。 気分が軽くなる。 女の子の肌露出度も上がるし。 何より世界に活気が満ちる。 両腕を天に向かって力一杯伸ばし、運動場の片隅にあぐらをかいて笛の音を聞いていた。 「俺メロンパン!」 「どっちに?」 「もちダメな方!」 「長野は?」 「俺はダメな方にカレーパン」 「じゃあ俺はダメにクリームパン。…ってみんなダメなら意味ねぇし」 背後から聞こえてきた会話に、勇也はのんびり振り返った。 男4~5人が頭を寄せて、何やらコソコソやっている。 「なあにお前ら。昨日のアンパンマンの批評会?なら一番強かったのはドキンちゃんだよ?」 「…橘、お前見てんのかよ、アンパンマン…」 「見てるわけないじゃん、何言ってんの」 「ならそのセリフはどっから来た?」 「イスカンダル」 は? ぽぽぽん、とクラスメートの頭上にはてなマークが並ぶ。 気にせず詰め寄った。 「で、何がダメなの?」 「あ、ああ。あんな?黒川の50メートルタイムだよ」 「黒川?」 意外な名前に小首を傾げる。 今日の体育は、時期外れのスポーツテストだった。 特進クラスには体育の重要性が限り無く低いらしく、体感温度が上がる時期までは、ずっと室内競技に徹していたのである。 合同授業のパートナーであるB組の男子が、笛に合わせて50メートル疾走する様子を順番待ちしている最中だ。 「黒川のタイムがなんなわけ?まだ走ってないでしょ?」 「だからあ!あいつが運動音痴かどうか見定めてやるんだよっ。賭け賭け!」 随分愉快そうである。
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