序章、神々の散逸

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【至高の神頂く天界、天の文書館にて天使たちは一堂に会す】 「では、間違いなくそうなのですね?」  静謐としたその場所で、長い沈黙の末に口を開いたのは大天使ミカエルであった。 『神に似た者』という意味の名を持つ彼の眉間には微かにしわが出来ている。 「はい。天使ラジエルにも確認して頂きました」  偉大なる大天使に返答したのは、この天の文書館の管理者であるラドゥエリエルである。  この記録天使の言明を受けて、巨大な本を携えた天使が頷きを返した。  天使ラジエル。『神の秘密』の名を持ち、その手に抱かれた本こそ彼の深遠なる知識を収めた“ラジエルの書”だ。 「ええ、その通り。この〈虚空の神話〉から──」  天使たちが囲む円卓。その中心に据えられた本の表面をラジエルの指が撫でる。  そのまま指は滑り、美しい装丁の重厚な本を開いた。しかし、そこには……。 「おや……神々が消えましたね」  そのどこか拍子抜けしたミカエルの声が、奇妙な響きをもってそこにある事実を告げた。  開かれた本。しかしそこには白紙が広がっていた。  めくっても白紙。その次も白紙。また次も…… 〈虚空の神話〉と称されるその書に、何一つ記されていないのだ。 「天界の叡智の書のひとつ。地上のあらゆる神話と神々を収録した虚空の神話書〈アカシャ・ミサロジー〉より、神々が抜け出しました」  ラジエルは深刻な面持ちで言う。たしかに事態は深刻であった。
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