1人が本棚に入れています
本棚に追加
そうして時は過ぎ、季節は夏。蝉時雨の中をくぐり抜け、奏の家へと急ぐ。
ここ数日、彼女は学校を休んでいた。夏風邪をこじらせて寝込んでいると言う。
一人暮らしということもあり、お見舞いに行こうかとメールしても「心配しないで」と返ってきた為に何も出来ずにいた。
だが、今日になって「放課後家にきて」と呼び出されたので、俺は友達との予定を放り投げて走りだした次第だ。
一週間ぶりの再会になるだろうか。習慣のように通いつめていたものが無くなると、どうにも寂しかった。お見舞いにと買ったケーキが入った箱を抱えて、俺は走った。
「奏! 元気か!?」
チャイムを鳴らすのも忘れて、大きな玄関ドアを開けた。しばらくすると二階から奏が降りてくる。
「どうしたの? そんなに急いで」
自覚は無かったが、よほどせわしなく見えたのだろう。奏は俺を見るなりクスクスと笑い始めた。
「仕方ないだろ? 一週間も会えなかったら心配でさ」
そう弁解して、お見舞いの品を渡す。それを見てより一層笑顔になる彼女を見ると、やはり来て良かったと思えた。
「身体は大丈夫だよ。ただ、やりたいことがあったから」
「やりたいこと?」
「ついて来れば分かるよ」
そう言って動向を促した先は、いつもの書斎。その一角に立つと、奏は本棚の一つを横にスライドする。
本棚は音もなく滑り、そこには古そうなドアがあった。
「部屋を掃除してる時に見つけてね。ここでずっと調べていたの」
開かれたドアの先、裸電球が申し訳程度の明かりを灯すその室内の床には、巨大な魔法陣が描かれていた。
「これは……」
「アキ、見覚えあるでしょ?」
「この形、“異世界門”の陣……?」
その形状は本で見ていた。異世界(アナザー)への門を生み出す魔法陣だ。
「ご名答。私たちの最終目標ね」
奏は異世界へ行きたがっている。そして、これはそれを叶えるもの。
だが、どうしてこんなところに? 一体誰が描いたって言うんだ? それに――
「起動誓言(アウェイク・オーダー)が描かれてない。代償輝石(インステッド・コア)も見当たらないじゃないか」
通常、術の起動には、起動誓言と代償輝石が必要になる。だが、これにはそれが無い。中途半端な陣だった。
「うん。だからなんとかして起動させたい」
「分かったよ。やってみよう」
最初のコメントを投稿しよう!