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青年はピアノに向かいゆっくりと音楽を奏でる。それと一緒に静かに歌い出した。
「素敵な歌ですわ」
パデュマは青年のそばで曲に聞き入る。青年は歌を終えるとパデュマに笑いかけた。
「気に入ってくれた?」
「ええ、とても素敵な歌詞で、旋律で。私も歌いたいですわ」
青年はパデュマに紙を渡す。
「それが楽譜だよ。僕はもう忘れないからあげるよ」
「……」
パデュマは楽譜を見る。青年の字であろう音符と歌詞の下に一つサインがあった。
「親愛なる親友、弟へ」
パデュマは読み上げる。読み上げてから口を押さえた。
私信のようなサインを声に出すなんて。そう思い顔を青ざめさせる。
「大丈夫だよ。この歌はきちんと弟に教えてるし、この楽譜を彼には渡せないから」
「いいのですの? 私からお渡ししても……」
「いや、できればこれは秘密にしていてほしい。楽譜は誰にも見せないで」
青年の笑顔は、パデュマには悲しい表情に見えてうつむいた。
「何があったのか聞きませんわ。でも、でも、このままでもありませんわ、きっと」
確信も意味も分からずパデュマは呟く。青年はずっと笑顔を崩さなかった。
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