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歳は取っても、足腰はしっかりとしていると鈴江は自負している。
半俵程の重さがあろう桃を陸に上げ、一度家に戻り洗濯物を置く。急ぎ足で小川に戻り、引き上げた桃を引きずるように運び、再度家に向かった。
丸くなった背中にはどれくらいぶりだろうか。久しく感じていなかった高揚が確かにあった。
雅彦は太陽が真上を登り、更に少し西に傾いた頃に帰ってきた。鉈を片手に山で切った数十の薪が、長年によって培われた、たくましい背中に担がれてあった。それを下ろす前に、雅彦は鉈を足元に落とした。するりと手のひらから抜け落ちる鉈は、雅彦の足元の地面に転げ落ちる。
声すら出なかった。
落ちた鉈など我関せずと言ったように見向きもしない。皺の走る目元は動かない。
わしゃあ、白昼夢でも見とるんか……。
それとも山で狸にでも化かされたのだろうか。どれも違った。目を何度瞬いても、頬を強くつねっても、目の前のある巨大な桃に変わりはなかった。
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