35人が本棚に入れています
本棚に追加
雅彦は辺りを見渡した。家の中には他に鈴江しかいない。外を見てみる。小鳥一羽もいなかった。戻ると、鈴江が小首を傾げて聞く。
「どうされました」
「声が聞こえるんだ」
「声……はて」
鈴江は目を閉じ、耳に集中した。雅彦は黙っており、張り詰めた空気が漂う。しかし、それが揺れた。
「何かしら」
確かに聞こえた。聞こえる。鳴き声? 違う……泣き声?
「子ども?」
「わしには赤ん坊の泣き声に聞こえる。どこから……」
一瞬交わった二人の視線は、奇しくも同じ方を向いた。両辺が切られても割れない桃にである。
「この中か」
「たぶん」
雅彦は桃に耳を当てた。果汁の多い桃の肉を伝って確かに聞こえた。雅彦は目を見開き鈴江に向き直る。口に手を当て、鈴江も驚きをあらわにしていた。
「あやかしかしら」
「昼間だ。それに本物の赤ん坊の泣き声に聞こえる」
最初のコメントを投稿しよう!