一章 ━始━

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一章 ━始━

昔、平安時代のこと───。 日本の政治を動かしていた一つの宗教があった。 一国の政治を一宗教が左右するというのは、とかく稀なことではなく、日本も例外では無かった、という、ただそれだけのことである。 しかし、それは宗教とするにはあまりにも特殊だった。 現をどうにかする宗教。 陰陽道。 陰陽の術を行使し、鬼・怪、その他人の世在らざる者・物・モノ……。 それらを祓い、滅する所行。 陰を陽で打ち消す術。 そして──……… 大内裏の一画、陰陽寮の一室に座す一人の少年がいた。 少年の纏う烏帽子や直衣から、身分は高くないことがわかるが、姿勢や字からは気品の高さがうかがえる。 「玄武、吉平は?」 少年は静かに何もない虚空に問う。 沈黙。 「あの馬鹿は、自分の仕事を人に押しつけて何をしてるんだ。吉平と一緒にいた玄武が来たってことは、何か言うことがあるのだろう?」 沈黙。 「言え。でないと滅す、」 「わぁぁぁぁ!」 少年の言葉を遮り、突然現われた少年、玄武が、少年の手を掴む。 漆黒の髪を揺らし、少年の手から構えかけていた符を奪うと、玄武は少年よりもやや幼いその顔をホッと緩める。 「符を構えないで下さい、時由(ときよし)様!!本っっっっ当に滅んじゃうんですから!!」 必死で言う玄武をよそに、少年、時由はにこりと笑むと、尋ねる。 「で、吉平は?」 沈黙。 そして玄武は恐る恐る口を開いた。 「……逃げられました。」 所変わって、朱雀大路。 安倍吉平は絶体絶命の危機に晒されていた。 四方八方闇、闇、闇。 とても通常と思える状態ではない。 「陰…の気か。あ~ぁ、よりにもよって、玄武まいた所でさぁ……。」 吉平は符を懐から出し、真言を唱える。 バチッという派手な音とともに符が焼け落ちた。 「あー……やっぱ駄目か。時由やーい、早く見つけてくれー。」 全く危機感のない声で言うと、ストンと腰を降ろす。 心を無に。 無、夢、霧、────無。 「玄武!もっと気を広げて!」 「精一杯広げています!」 「あー、もう!あの馬鹿!何かあったらどーする気だよ!」 時由は玄武を連れて走っていた。 動くのに不便な烏帽子は玄武にあずけているため、走るたびに揺れる高い位置で結わかれた漆黒の髪を鬱陶しそうに掻き揚げた。 「時由様!」 「なんだ!」 「朱雀大路に邪気があります!」 時由はピタと足を止める。 .
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