一章 ━始━

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「あーいーつーはー!苦手なくせに、すぐ陰気を引き寄せる!」 通常なら、陰は陰を、陽は陽を高め、引く力がある。 しかし、吉平の場合、この法則は適応されない。 彼は無だった。 行・卦・干・宿・禽、どこにも属さない無。 全てを取り込み、全てを受け入れてしまう。 「角(すぼし)、」 時由は、自分の式の名を呼ぶ。 「“運べ”!」 さぁ……… 風が吹く。 命令に従い、式、角が時由を舞い上げる。 時由は下に残った玄武に目を移す。 「“南へ”!玄武、あとは俺がやる。」 「晴明様には?」 「知らせなくていい。一人で十分だ。」 「承知しました。」 玄武が陰形すると同時に、角が時由を南、吉平のもとへと飛ばせる。 ─……て…─ 闇に、声が響く。 ─…逃げて……─ 吉平は聴く。 人ではないモノの声を。 ─…の方は……に…恨、─ 誰?君は、何? 吉平の問いに、闇が蠢く。 ─神が……─ 闇は続けた。 ─……………来る……─ 「オン!」 パシュッ! 闇が弾ける。 途端、邪気は霧散され、怪の気配も失せる。 突然の声に、吉平は顔をあげた。 「吉平!!」 心強い幼馴染み、時由の声に、吉平はほぅっと溜めていた息を出す。 「時由遅いよ。」 ヒラヒラと手を振って時由に応えると、バシッと何かが頭にぶつかった。 ぶつかった物を拾い見ると、それは一本の筆。 この筆で霊符を書いているというのに、随分な扱いだなと思いつつも、吉平は前まで来た時由にそれを渡す。 「この馬鹿!陰が溜まったら死ぬんだろ!少しは行動を慎むとか、晴明の式神つけるとかしろよっ!」 パシッと筆を受け取り、文句を言う時由に、吉平はヘラッと笑う。 「心配してくれてありがと。」 「してない!」 キッと言うと、時由は立ち上がる吉平に手を貸す。 「斗(ひきつぼし)、“食べて”。」 式に怪の残骸を処分させると、時由は吉平を睨めつけた。 殺気さえも出そうなその空気に、しかし吉平はそれを飄々とかわす。 「ごめんね。でもほら、収穫あったし。」 その言葉に、時由は顔をしかめる。 「収穫?」 「うん。俺たちの出番。」 吉平の言葉に時由は息を飲む。 吉平がポツリと呟いた。 「神が愚りた。」 陰陽師には、その力量や能力に個人差がある。 その中で最も稀かつ重んじられる能力は神祓いの能力。 神祓いと言っても、神を祓うわけではない。それ以前に、神は祓うことはできない。 それは人の身に余る所行だから。 では神祓いとは何か。 .
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