一章 ━始━

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簡単に言うと、神を閉じ込めること。 封印ではなく、閉じ込める。 人の力では封印さえも不可能なのだ。 神祓いを行える陰陽師を、神祓師という。 神祓師は神祓いのことを“檻神”という。 「神が、愚りましたか。」 一人の男、時由の師であり吉平の父である安倍晴明が言う。 愚りる。 それは神が人に仇なすモノにくだることだ。 「晴明。」 沈黙した晴明に、時由が言う。 時由と吉平は晴明と向かい合うかたちで一室に座していた。 紙燭がゆらめき、影を作る。 「貴船の龍神は何をしているのだ。」 晴明はその言葉に苦笑を漏らした。 貴船の龍神とは京にある貴船神社におわす神のこと。 言わば、京の守神のような存在。 「時、口を慎みなさい。」 「しかし、」 「時。」 諫めるその口調に、時由はグッと口を噤む。 晴明は表情を和らげて言った。 「自然の調和を乱しているのは人です。」 「でもっ……!こんなに愚り神が京に来るなんておかしいだろ!」 穏やかな晴明の口調に反し、時由は声を荒げる。 愚り神は神であるが故に、強大な力を持つ。 それが人へ仇なすのだから、その脅威は並大抵ではない。 普通愚り神は数百年に一度同じ場所に現れるかどうかといっ。 しかし、京に以前愚り神が現われたのは、時由が八つの歳、六年前である。 「あんな事が、またっ……!」 ギュッと衣を握る。 晴明は時由を見て溜め息をついた。 「時、もう遅いですから室へお戻りなさい。」 「晴明、俺は!」 「戻りなさい。」 「晴明!」 「大丈夫ですから。」 時由の叫びにも近いその声に、晴明は優しく応える。 「もう何も、無くしません。」 その言葉に、時由は意を悟りうつむく。 吉平が時由の袖を引いた。 時由は静かに頷くと、晴明の部屋を出る。 「父上、」 部屋を出掛けに吉平が言う。 「俺が時由を守るから。」 飄々とした常の姿からは想像も出来ないその真剣な表情。 晴明はその心理を理解していた。故に彼は小さく首肯する。 それを見、吉平はいつもと同じように表情を崩してヘラッと笑む。 「おやすみ、父上。」 トンっと戸が閉まる。 .
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