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「綾見澤さん、ごめん。ちょっと留守を任せられるかな?」
太平が何か買いに出る事を告げると、綾見澤は存外に快く了承した。
見ず知らずの他人に家を任せるとは正気を疑うが、太平にはその辺りの感覚が欠如しているらしい。
「いってきます。」
「はいよー。」
誰かに見送られて家を出ると言う感触が、いやにこそばゆく感じ、太平は一度鼻を擦ってから玄関の戸を閉めた。
春先の暖かさは、まだまだ夜には通用してくれないらしく、吹く風に僅かに首を縮める。
滅多に吸うことの無い煙草に火を点し、誰かの居る生活も悪くは無いかな、と一人ごちった所で、怪しげな会話が耳に届いたので、太平は足を止めた。
「やはり、ここで消息を絶っています。」
「念のため付近を捜索しましたが、痕跡も見つかりません。」
太平は悪いことをしているかのように電柱の影に身を潜め、聞き耳を立てる。
夜目が効く方では無いが、うっすらとした街灯の灯りに、二人のスーツ姿の男と、一人の白衣の女性が浮かび上がる。
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