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「でも、本当にあの日がきっかけで故障が起こってたなら、もっと早い段階で何か起こっていてもおかしくないと思うんだけどなぁ。何か心当たり無いの?」
「心当たりねぇ……」
何かあったか?
あの日がきっかけだと、決定づけるような何か。
うーむ。
……。
「……あ」
あった。
思い出した。
ミクが四日ぶりに目を覚まして。
そして、そう、その時訪ねてきた片原さんに──。
『確か……片原由衣さん……でしたよね』
確か〇〇でしたよね、とか。
そんな曖昧な言い方を、ミクはした。
人の名前なんて、忘れられないはずなのに。
だからあの時物凄く不自然に感じたんだ。
それに、よく思い出してみれば、今朝にはこうも言っていた。
『口では上手く説明出来ないんですが、これまではそんなことなかったのに、時々不意に何かを考えてしまうというか……』
「それってさぁ」
紗季奈が思わず口を挟む。
「『思い出す』ってことじゃないの?」
そうだ。
その感覚はきっと、忘れていたことを思い出すという行為。
俺たち人間にとっては、深く考えることすら必要としない、当たり前の行為。
それをこれまで必要としなかったミクは、そう表現せざるをえなかったのだろう。
「でも、だからって今のミクちゃんをどうこうって問題でも無さそうだよね。こーちゃんの言う通り、人間には当たり前のことで、人間に近付いたってことになるんだからさ」
「だよな。俺も今のミクで問題ないと思ってる。故障かどうかは気になるところだが、今のところ日常生活にも問題は無さそうだし」
やはり、紗季奈の意見が得られると心強い。
これといった理由は無いんだけど。
「ありがとな、わざわざ相談に乗ってくれて」
「何言ってるの。ミクちゃんのことは私にだって──」
そこまで言って、紗季奈は口をつぐんだ。
「……? 紗季──」
俺が声をかけようとすると、
「やっぱり、やめた」
外灯に照らされた紗季奈の顔が、とても儚く見えた。
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