216人が本棚に入れています
本棚に追加
──……
「はぁー、やっと一段落着いたわ」
部屋のソファーにどっかりと腰を下ろし、彼女は、片原由衣は大きくため息をつきながら言った。
手の届く位置にあるエアコンのリモコンを手に取り、スイッチを入れる。
「……一段落、ねぇ」
本当にそうだろうか。
一段落着いたと、本当に言えるだろうか。
確かに、何事も無かった。
それは事実である。
客観的に結果だけを見れば、祭に行くなと忠告するほどのことが、果たして起こっただろうか。
不快にさせることを分かり切っていることをわざわざ言うほどの必要性が、そこにあっただろうか。
それでも──。
言っておかなければ、自分が後悔してしまいそうだったから。
そして何より、後悔してほしくなかったから。
プルルル……。
着信を知らせる音。
ディスプレイなど見なくても、誰からの電話なのかは察しがついた。
「……はい、もしもし」
『お疲れのところ済まない。早急に知らせておきたいことがあってね』
「いえ、構いませんよ」
あの人がこんなふうに気遣う言葉を先に口にするのは、けっこう珍しい。
何か、嫌な予感がする。
「それで、知らせておきたいことというと?」
そう尋ねると、電話の主は普段は決して出さないような声色で。
・・
『あれの──』
ためらいを隠すことなく、言うのだった。
『初音ミクの、処遇が決定された』
……。
由衣は、何も言えない。
何か喋ろうとしても、上手く言葉に出来なかった。
しかし、ひとつだけ理解した。
理解してしまった。
その声色と、わざわざ電話で知らせておきたいと言ったこと。
それらはいったい何を意味しているのか。
そんなことは、一片の理想や希望を挟む余地すらなく。
「それは、つまり──」
「……あぁ」
廃棄だ。
現実だけが、そこにあった。
最初のコメントを投稿しよう!