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「えっとですね、マスターがスイッチを入れてくれたのが、7月31日で、8月いっぱいが夏休みなんですよね?」
……?
「あ、あぁ、そうだけど」
「まだ終わってませんが、それでもこの夏休みにいろんなことがありました。それはもう、数え切れないくらい」
ミクはひとつひとつ思い出すように話す。
指を折って、ひとつひとつ。
「今の私は、それがあって初めて成り立ってると思うんです。スイッチを入れてもらった7月31日には、私には何もなかった。普通の家族とは違って、血の繋がりも」
ロボットだから当たり前ですが。
ミクは笑って言うが、俺たちは笑えない。
それどころか反論すらしてしまいそうになった。
何もないなんて。
そんなこと──。
「でも」
ミクはそんな俺に気付いたのか、俺が口を開く前に続ける。
「今の私は、ぜんぶ持ってます」
家族も。
友達も。
思い出も。
他にも、いっぱい。
それこそ、数え切れないくらい。
「ぜんぶ、持ってるんですよ」
大きく両手を広げてるミク。
「私がただのロボットから『初音ミク』になれたのは、そのおかげだと思うんです。だから、この夏が終わったときに初めて『初音ミク』が本当の意味で生まれるんじゃないかなって。そう思ったんですよ」
俺と紗季奈はこのとき確信した。
かつて俺のもとにモノとしてやってきたロボットは。
もうとっくに、人間だった。
ロボットでも、ましてやモノなんかじゃ決してない。
感情も心も持った、立派なひとりの人間だ。
「……と、そう考えたんですが、変だったでしょうか」
「変なもんか。立派な理由だ」
少なくとも誰かのよりかは遥かに。
俺の隣で泣きそうな顔をしてるそいつは、しっかりそれを分かってるみたいだけど。
「ごめんねミクちゃん、お祝いを早くしたいなんて軽々しい理由で発案して……。私……私……」
「ちょ、なんで泣くんですか!? 笑いをこらえて涙がでるほど可笑しかったですか?」
「もう、そんなわけないじゃん! お姉さん感動しちゃったんだよー」
うわーん、と。
よく分からない声をあげながらミクに抱きつく紗季奈。
そんな微笑ましいと取れなくもない光景に頬を緩ませながら、俺は誕生日プレゼントは何をやろうか、などと考えていたのだった。
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