216人が本棚に入れています
本棚に追加
「は、はあぁ!?」
声のボリュームを落とすのも忘れて聞き返してしまう。
慌てて落とし、少し耳を澄ませてミクが起きてこないか確認してから、再び受話器に向かう。
「どういうことだ? もうちょっと詳しく教えてくれ」
『んと、ほら、音楽の課外のときのこと覚えてる?』
「そりゃあ、もちろん」
忘れろという方が無理な話だ。
あんな歌声を聞いて、忘れろという方が。
それくらい綺麗な声だった。
あれ以来聞いていないけれど、そうそう忘れられるようなものではない。
『そう、それだよ』
「それって、どれだよ」
『あのとき話したじゃん。歌がミクちゃんにとってどんなものか』
そういえば、確かにそんな話をした。
携帯で言うところのメールと電話。
ミクの中で『歌』はそれくらい重要な機能として位置付けられているかもしれないということ。
ミクにとって、他のどんな情報よりも優先された機能。
それが、歌。
──かもしれない、というだけだが。
「それで、曲のプレゼントってことか? それはちょっと安直過ぎないか?」
『まぁ、そうなんだけどね。でも他にも理由はあるんだ。ここから先はすっっっっごいお節介だけど……怒らないでね?』
「あ、あぁ」
珍しくお節介だと紗季奈自身が自覚しているので、一応聞いてみることにした。
無意識にお節介を焼くのが紗季奈という人間であるということを、俺は嫌というほど知っている。
『こーちゃんには、曲よりも詩を重点的に作ってほしいんだ。その……詩は文系の分野だから』
「……っ!」
・・
文系。
非常に今更ながら、その単語が突き刺さる。
『ほら、こーちゃん自分もこんなふうに書けたらって好きな本とか詩とか見せてくれたよね。だから、さ』
紗季奈はそう言うが、俺は戸惑いを隠せない。
もう閉ざした道に。
もう諦めた夢に。
今になって、中途半端に足を突っ込めというのか。
もう一度、諦めなければならない夢を思い出させようというのか。
『自分がどれだけ酷いことを言ってるか、理解してるつもり。でもね、私は見てきたから』
自分の道を、夢を探してるときの。
そしてそれに向かってるときの、一生懸命なこーちゃんを見てきたから。
それを、簡単に諦めてほしくないから。
それに、私は──。
『私は、そんなこーちゃんのこと──』
最初のコメントを投稿しよう!