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「……? 紗季、奈……?」
なんだ。
いつもと違い過ぎるその声に、自然と耳を吸い寄せられる感覚。
いつの間にか受話器に耳を押し付けて、呼吸さえも止まりそうなほど張り詰めた空気がその場に満たされる。
どくん。
どくんどくん。
どくんどくんどくん。
ほんの少しだけその間が続く。
そしてやっとの思いといったふうに、紗季奈はようやく口を開いた。
『こ、こーちゃんのこと一番大事な友達だと思ってるんだからさ。だから簡単に諦めてほしくないんだ』
「……あ」
なんだ。
今俺は、なんで。
・・・・・・
何を期待して。
・・・・・・
何に安堵した?
「少し、考える時間をもらってもいいか? 今夜中でいい。今夜中に結論を出して、明日また連絡する」
少し落ち着いて考える必要があると判断した俺はそう紗季奈に告げ、了承を得てから電話を切った。
布団も被らず、勢い良くベッドの上に大の字に寝転ぶ。
そして心臓がいつも通りの心拍数を取り戻したのを確認してから、先程の電話を反芻(ハンスウ)する。
いつものお節介、というには度が過ぎているような気がする。
紗季奈は距離を保つのは得意なはずだ。
俺が本ばかり読んでいたころも、活字に疲れたときを狙ったかのように話し掛けてくれたし、逆に本に没頭しているときは絶対に話し掛けてはこなかった。
俺との距離だけじゃない。
クラスの連中とだって、常に一定の間合いを保つようにしていた。
まぁ、そのせいで中途半端な友達しかいないのだが。
クラスでは楽しく話すけど、一緒に買い物には行かない、みたいな。
その紗季奈が、明らかに踏み込んできた。
どうして、そんなことまで──。
「……やめた」
これじゃあまるで、紗季奈を疑っているみたいじゃないか。
余計なことまで考える必要は無い。
俺が考えるべきは、あの提案のことだ。
それ以外は必要ない。
それ以外は、何も──必要ないんだ。
自分に言い聞かせながら、俺は闇の中に落ちていった。
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