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ピンポーン…ピンポーン。
5分ほど待ったが、誰も出てこない。
中から漏れていたはずのテレビの音も、気が付いた頃にはもう既に聞こえなくなっていた。
――居留守をしているのか?
僕は内心、困惑した。
もう50歳を越えている母親がそんな幼稚な事をする訳がないのだ。
まだ頭の整理が出来てはいないものの、とりあえずインターホンを鳴らし続けた。
勢いを増した雨と風は、僕の心ごと容赦なく凍てつかせてゆく。
寒い…早く開けてくれ…温かい毛布を僕の背に掛けてくれ…。
どうしようもない不安に苛(さいな)まれ、ついには涙がほろりと流れ落ちてしまった。
激しく打ち付ける雨粒に囲まれて、一体どのシミが自分から零(こぼ)れ出た涙の跡なのか判別がつかないほど、全身はひどく濡れている。
『途方に暮れる』とは、こういう事なのか?
生家を目の当たりにしてもなお、そのような自問自答を始める僕は、本当の意味で途方に暮れていた。
ガチャン、ガチャ、ギィーッ。
うつむいて下を向いていると、急に扉を開く音がした。
――やっと母さんが…。
ハッと息を呑む。
そして、僕は喜び勇んで、扉を開けた人物を見つめた。
しかし、生気を取り戻した僕の瞳に映っていたのは母さんではなかった。
無論、父さんでもない。
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