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「頭を、上げてくれ。下げるべきなのはむしろ俺のほうだ」
奏の頭を上げさせ、その顔を見つめた。
「ヒィに…よく似ている。生き写しのようだ」
まるで緋桜にもう一度会えたようで、嬉しい。緋桜と自分の子がいるという現実が、嬉しい。
「会いに来てくれて、ありがとう。生まれて来てくれて…ありがとう」
愛しさが溢れ出て仕方ない。
言葉では言い切れない程の喜びを、少しでも伝えたかった。
拙い言葉でしか表現出来なくてもどかしかったが、想いは通じたらしく、涙目で奏は頷いていた。
「名は…ヒィが、緋桜がつけたのか?」
「はい。『かなでる』と書いて『そう』と読みます。意味は…成し遂げる事。私は、母の遺言と、己の願いで今日…この場に来ました」
「遺言…?」
「貴方を見守り、見届けよと。魂が迷わぬよう導けと。…看取りに参りました、父上」
「ヒィが……そうか。ありがとう、奏」
ありがとう、ヒィ。
礼を述べ、深い睡魔に誘われるよう目を閉じた。
半世紀も前の事が、つい先日の事のように思い出す。
二人でよく笑い、喧嘩した。
泣かせてしまった事もあった。
傷つけてしまった事もあった。
それでも、二人で過ごした時間は本物で、何度思い出しても自分の心を暖めてくれた。
何度も救ってくれた。
自分は死後、ヒィに会えるのだろうか?
天の国でも、来世でもいい。
もう一度……会いたい。
会って、また二人で桜を眺めて、他愛ない話で笑おう。
今度こそ、ヒィが寂しくなど無いよう、傍にいるから。
ずっと……傍に。
ヒィ…
俺は…
終。
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