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「ちょっと待ってて」
彼女は私にウインクすると、ロッククライミングでもするかのように売り物に手をかけ足をかけ棚を登っていく。天井近くで棚をゴソゴソと漁っていたフルーは、封筒らしきものを引っ張り出すと私に投げてよこした。
私がそれをキャッチすると封筒の口が開いて中身が顔を出す。
「それでしょ?」
確かに、少々焼けて黄ばんでいるが五線紙だ。
「ね、言ったでしょ。ここにはいろいろとあるんだって」
棚の上で得意げにしているフルーの隣で僅かにコトッと、しかしはっきりと物音が聞こえた。
それは棚達の奏でる大音響の始まりの合図だった。
「もしもーし。聞こえます? え? ええ、すみません賑やかで。どうも屋根から野良猫が落ちたみたいで……。それでティバンニさん。今月の家賃ですけど。え? 先月と先々月? 嫌だなぁ、払ったじゃないですか」
音楽堂の店の奥では、店長のセロさんが何事も無かったように電話を続けている。
私はと言えば……。
「どうしよう、セロ。大変だよ! お客さんが生き埋めになっちゃった!」
そう、店の売り物が起こした雪崩に巻き込まれて、頭から爪先まで埋まってしまった。
手にした五線紙を手放さなかったのは立派に思えたが、それを利用する機会は失った。改めて思えば、この店に入った時には頭の中に流れていた曲は止んでいた。
「……厄日ってヤツかしらね」
ただただ溜息。何が悲しくて骨董品の雪崩に巻き込まれて遭難せにゃならんのだ……。
「ええ、大丈夫。今月は……じゃないや。今月もちゃんと払いますから。おっと、お客様が来ていますので、お話はまた後日。ええ、必ず。それでは失礼します。……それで、どの辺りに埋まっているんです、フルー君?」
電話を終えたセロさんがフルーに問う。
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