序曲:石畳の行進曲

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 何も五線紙を扱うのはこの店だけではない。ふふん。婆さん、儲け損ねたな。南の島で日光浴でもしているがいいさ。チキショー、羨ましくなんかないぞ。  我が町、港町カオブリッツは別名坂の町。名前のある坂、名前の無い坂、急な坂、なだらかな坂、上り坂、下り坂。昔、山添の酒場で酔っ払って転んだ漁師が坂を転がり続けて海に落ちたという話があるぐらい、数多の坂の集合体である港町カオブリッツ。  石畳の坂達を綺麗と思える時間は、この町に来て一週間と無かったはずだ。こうして歩き回っている時は憎たらしくも思える。 「コルネット商店。トロ・リボーヌ楽器店。コラバ堂。ピッコロベーカリー……」  歩きつつ五線紙を扱っていそうな店をあげていく。失礼。最後のピッコロベーカリーには五線紙は無いわね。私のお腹が空いたからあげてみただけ。  とにかく、三つあげた店のうちのどこかで五線紙を買えば問題解決。それでピッコロ店長ご自慢のクロワッサンを食べつつ、五線紙に曲を書き込もう。  頭の中にカオブリッツの地図を描き出し、現在地と各店の位置に印をつけて線で結んでいく。……けっこうな道のりね。  道は遠いけどバスはあてにならない。この町のバスは時間に遅れるのは日常茶飯事。時刻どおりに来る方が不気味がられる程だ。今みたいに時間が無い時は、いつ来るかわからないバスを待つより自分で歩いた方が早い。 「まずは……」  頭の中の地図に引いた線に従って歩き出した。  コルネット商店。店長である親父さんが急性盲腸炎で入院中。奥さんも付き添いの為、店は休業。うーん、商店街一のオシドリ夫婦だから、そうなるわねー。  トロ・リボーヌ楽器店。店長の甥っ子初ライブ全面応援のためスタッフ一同出張中。本日休業。なんて甥思いの店長だ。それに加えてなんて店長思いのスタッフ。  コラバ堂。突然ながらしばらく休業させていただきます。開店日未定。浮気がばれた旦那が、怒って実家に帰っちゃった奥さんトコへ謝りに行っている。というのが近所のおば様達からの情報。旦那、アンタが悪い。
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