第一楽章:雑貨狂想曲

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 三つ編みの彼女はしばらく無言でこちらを見ていたが、やがてニカッと陽気な笑みを浮かべて見せた。 「いらっしゃーい!」  その明るい声に呪縛が解けたのか。驚愕による硬直から開放された私は、慌てて彼女から一歩間を開けた。 「ど、どうも。こんにちは」 「お客さんですよね。何をお探しですか?」  しどろもどろに答える私に、彼女はぶら下がったままにこやかに問いかける。 「フルー君。そんなところにぶら下がったまま話しかけて。お客様に失礼ですよ」  背後からの声に振り返ると、店の奥に男が立っていた。歳は二十半ばといったところだろうか。中肉中背で、青みを帯びた黒髪を覆うバンダナ。優しげな目元には銀縁眼鏡。  フルー……私の前でぶら下がっている少女の事だろうが、彼女を嗜める彼の表情は声と同様に穏やかさを感じさせる。 「あ、ゴメンね、お客さん。でも、営業時間中に棚の整理をさせるセロにも問題があると思わない?」  少女は私に同意を求めながら、ぶら下がっていた紐から手を離す。  いけない、彼女が落ちる。それも頭から!  咄嗟に助けようと私が手を出すより早く少女は宙返りして綺麗に着地した。  彼女が落ちると思った焦り、無事着地した時の安堵感、十点満点上げたくなる綺麗な宙返りへの感嘆。いろんな感情に振り回されて言葉の出ない私を気にせず、少女は周囲の棚達を見回す。 「この状態で整理しようってほうがどうかしてるわよ。どうせ整理してもすぐに元に戻るだろうし。ねえ」  いや、ねえと言われても返答に困る。 「そう言っていつも整理をサボるから、今の状態になったように思えますが」  ごもっともだ、お兄さん。
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