谷底にて 【水樹】

3/20
前へ
/550ページ
次へ
人と接する事を避けていた、はずなのに、気が付けば隆之くん達と居ることに安心感を覚えるようになった。 最初の内はいつ裏切られても良いように、警戒を怠ることはなかった。 どうせまた、すぐに裏切られるだろう。 軽く疑心暗鬼に陥っていたのかもしれない。 だけど、隆之くんは裏切る気配がなく、鈴木静との言い争いの時も私を『大切な仲間』と言ってくれた。 人の温かさを知ってしまったから―― 死ぬ事が余計辛く、怖くなる。 真っ暗な谷にどんどん吸い込まれてゆく。 後、数秒で私は死ぬだろう。 体に力が入らないので、飛ぶことも出来ない。 私ができる事と言ったら、目を閉じて皆の顔を思い浮かべること位だった。 綾小路くん、詩織さん、お姉様。 付き合いは短かったけど紅さん、比奈さん、香奈さんの顔も浮かんでくる。 そして隆之くん。 皆、死なないで……ね。 最後の力を振り絞り、手の中にあるペンダントを強く、固く握り閉める。 さようなら、皆。
/550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加