序章

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   やった。今日はツイている。  俺は月の光を一杯に浴び、紅色に神々しく瞬く鱗を手にとりながら、にんまりと笑った。そいつを背負ったナップザックに放り込み、またまた笑う。下品だったかもしれない。  とにかく今日は豊作だった。いつもの十倍以上の収穫があった。じゃらじゃらと音を立てる背中が、それを間違いない現実だと教えてくれている。  鼻唄を口ずさみながら、俺は歩きだす。  俺は一人、峡谷の中を闊歩していた。名を龍谷。通称ドラゴンバレー。火山活動や土地の風化によって、大地の隆起が激しく、歩くのもままならない地帯。月光を受け銀色に輝く岩肌は人の足取りを奪おうと、所々ぽっかりと空いた穴は人の体を飲み込もうと、突き出した岩尖は人を突き刺そうと、それぞれ狙っている。先述の通り、光源となるのは遥か上空の月のみであり、それらの危険は絶賛上昇中だ。並の人間なら、一たまりもないだろう。  しかし、だ。俺に限ってはその凡人に当て嵌まらない。軽快かつ迅速な動きで、前へ前へと歩みを進める。慢心はしていない。これは様々な経験を通して得た絶対的な自信なのだ。  白金の鉱物を乗り越えて更なる得物を獲得した俺は、三度にんまり。ざっと十は越えただろう。通常が一や二であることを顧みれば、上々の結果だ。三ヶ月は何もしなくとも過ごせるだろう。  まあ、やつらには悪いが、仕方がない。これも弱肉強食の世界の理だ。生きるためには常に屍を越えていく必要がある。それにこうやって有効活用された方が、喜ばれるに決まってる。  光の導くままに前へ進み、新たな鱗をナップザックへ投入する。とにかく紅色が瞬いたら近づき、回収。順調にいっているので、俺は大笑いしたい感情を押さえ込み、奥へ奥へと進んでいった。  そこで――  俺は彼女と出会うことになった。
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