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ふらりと何も云わずに店に入り、椅子に腰をかける。割と馴染みの店らしく、小間使いの少女がひや酒を運んで来た。 決まって雨の客の居ない時に気付くと座って居るので、何度、店主の弥太吉は肝を潰した事か。 「鴉の旦那ァ、困りますよ。何時も一声かけて下さいって言ってるじゃあ、ありませんか。」 鴉は無言で銚子を空け続ける。 いつも無言で飲み、気付いたら金を置いて居なくなってるのだ。弥太吉からしたらたまったものではない。 その日は、この男の居る時には珍しくちらほらと席が埋まり始めた。 ふと、身分の低そうな若者が相席を求めて来た。恐らく主持ちの武士であろう。綺麗に剃りあげたさかやきが印象的だ。 最初は二人共無言で銚子を空け続けたが、2~3本空けた所で若者が酔ったのであろうかぽつぽつと喋り始めた。 「拙者、安坂頼母と申します...。」 「黒井鴉と覚えて貰おう。」 「酔った奴のざれ言を聞いて下さいますか?」
鴉はチラッと若者の顔を視て又銚子を傾けた。
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