第一章 罪の名を

7/37
前へ
/451ページ
次へ
 三メートル近い高さの圧倒的な大きさを誇る巨大な狼。その巨躯は力強く大地を蹴り、目の前の木々を倒し、森を駆け抜けていた。  不思議な事に狼の前に迫る木は、まるで生気を吸い取られたかのようにその身を朽ちさせ、狼の進路を譲るかのよう次々と、意志があるかのごとく自ら倒れ続けているのだ。狼の走りを邪魔しないと配慮するようで、見える木見える木、全てが自壊を繰り返す。  非現実的な現象。  魔術的な事象。  決して、狼が力尽くになぎ倒しているわけではなかった。  そうして何にも遮られることなく森を駆ける狼。  それが不意に、ピクリと鼻を上げた。何者にも遮られることのない駆け抜ける足を止め、落ち着かない様子で空を見上げる。  周りの木々が朽ち倒れ、開けた空。  そこに、黒い点が見えた。  直径二メートルの黒い球体が写す、青の中の黒点だ。 「うわ、わう、また来ましたよッ」  唐突に、狼はそんな声を上げた。  狼が、人語を使い喋った。  見た目は三メートルを超える巨大な狼。人など簡単に引き裂けるだろう爪、牙。形相も相応に、切れ長の輪郭は獰猛さを一目で知らしめる。体の白が、かえって残忍性を強調するようでもあった。  それをもってして、黙っていれば鬼気迫る迫力を持った白い狼だ。  しかしそれが、まるで子犬のように慌てた様子でその場をくるくる回れば、少女のような声をあげたのだ。  変わらず、焦り狼は叫ぶ。 .
/451ページ

最初のコメントを投稿しよう!

126人が本棚に入れています
本棚に追加