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森を抜け、ゆっくりとこちらに方向を向き直らせたやつは、跨る狼を走らせ、徐々にスピードを上げて迫っている。高台から兵士達の元へ降りて石畳の屋根の上で、走り迫る姿を見て、呟く。
「正面から仕掛けるか。やつめ、身を隠す意味をなくせば、こうも早く行動を変えるか。なんと不敵な」
いや――素直な感想を言うのであればむしろ。それがやつにとって最も簡単な方法だからなのだろうと思う。
クラスターの直撃をも受けられる防御力――魔力の強大さ。電報で見てもわかるとおり、強く本国が警戒するのだ。実力を語るのは今更で。
それはやつの罪状を知るものであれば、容易に想像のつくことだった。
差し迫るのは、確かな脅威。
それでもオスロは命じた。
兵士達は確かに実戦の経験がない。敵の実力は見ての通り。質が一つも二つも上手だ。正直な話、どうにかできる自信なんてなかった。
けれど。
命じる。
強張る一人一人の表情を見て、その緊張を払うような、大声で。
「撃ちかた、構えッ!」
グッと。心を締めるような、弓を絞る音。
煌々と、魔術陣も輝く。
恐らくやつはこの関所をくぐり、他国へ逃亡するつもりだ。そうなれば手出しができない。
本国を恐れさせ。
クラスターをも耐えた化け物。
それが、もし野放しになれば――それを許すわけにはいかない。
今となって、まだやつに対し同情の念を抱く余裕なんて残ってはいない。
今はただ、化け物の進行を食い止めるため。
市民の平和から、脅威を取り除く。
それが、軍人の務めだ。
そうだ。
これが、軍人の務めだ!
オスロは、久しく平穏の中で忘れかけていた軍人としての誇りを、この時思い出していた。
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