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「なぁ、どうしてだと思う?」
薄暗いバーの一角。ジャズのバックコーラスを感覚の一部に変換していた中、私の隣に座っていた人物は、ふとそんなことを吐き出した。何がどうしたのか。名詞と言うものが存在しないその問いかけに、私は彼が望むような答えを返す事が出来るはずもなく。
「何が?」
と彼に問いかけなおす。ひんやりとしたテーブルの奥には、数百種類ものアルコールが棚の中で所狭しと自らの存在場所を取り合っているよう。傍には、この店のマスターと言われる男の人。白髪混じりの頭に、目元にしわが増えだした顔つき。今シェイカーを振り続ける彼の姿は、ダンディーなおじ様と形容して間違いはないだろう。そんなおじ様は、シェイカーから淡い水色を放つ液体をグラスへと移し、サクランボの赤い果実を乗せ、移動を始める。私の隣に居る彼は、空になったカクテルグラスを指の間で器用に転がして弄んでいる。
「いや、なぜ人って、この世に散りばめられている数億を超える事象の内のたった一部を見て、それをその事象の真実の姿だと認識出来てしまうのかと思ってな」
おじ様は、私の隣にいる彼の正面に持っていたグラスを置く。受け取った彼は、中で無数に弾け飛ぶ白い水泡を見つめては、小さく溜息をつく。溜息は幸せが逃げると公言する彼は、数えれば私よりも遥かに溜息をつく回数が多い。それが嫌で、私は彼の質問に、今の私が精一杯に考え出した答えを述べる。
「それは、知らないからでしょ? 知らないからこそ、人はそれを真実の形だと思う事が出来るんじゃない」
「真実でない姿を真実だと思い込んで、なぜ人は真実の姿を調べようとしないのだろうか。その上、自分の意見がさも真実であるかのように、人々は議論を繰り返し、自分の意見を主張する。その意見は、真実を知らない人が作り出した偽の事象でしかないと言うのに、どうして人はさもそれが真実であるかのように、それが真理であるかのように話を作り出すことが出来るんだろうか。書物が良い例だと思っている。あれだけ多種多様な本が出てるって事は、逆に真理を知らない人々がこぞって自らの意見を主張するから、山のような本が書店に並んでしまうんじゃないのかと。それって、果てしなく傲慢で、自己愛の強い人々が作り出した罪悪に似ていないか?」
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