救いの箱舟エルアーク

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     故無き逃走劇  肺に空気という名の燃料を叩き込み、朝露に濡れた土を蹴る。  森の中。○○は道無き道を一人、まるで追い立てられるように走っていた。  いや、実際に追われているのだ。  駆ける足を緩めず一瞬後ろを振り返れば、揺れる木々、葉々の向こうに、 巨大な影が揺らいで見えた。影が上下する度に深く鈍い振動が響き、 同時に茂る枝木が割り裂かれる音も届いてくる。しかも、轟く音の間隔は、 先程よりも短くなっている気がした。  このままでは追いつかれる。○○は既に限界を訴え始めている身体に鞭打ち、 走る速度を更に上げながら。  何故こんな事になっているのか、と。  先刻から走り詰めで、いい加減朦朧(もうろう)とし始めた頭を何とか働かせ、 その発端を思い出そうとする。  確か──。       ***  そう、確か、始まりは穏やかなものだったのだ。  頬に落ちた水滴に○○が目を覚ませば、そこは深い森の只中。 大樹の根に寄りかかるように倒れていた。  何故こんな場所に自分は倒れているのか。  ○○は未だぼやけた意識をはっきりさせるように、二度程頭を振ってから、 ゆっくりと上半身を起こし、周りを見る。  木々は朝焼けの色に染まって、辺りには薄い(もや)がかかっている。 緩やかな風が時折○○の頬を撫でて、同時に葉がかさかさと揺れる音が響いた。 まだ鳥達も眠っている時間なのか、並び立つ樹木の間から(さえず)りの音等は聞こえず、 ただ風により生まれる音と、己の呼吸音だけが静かに、 「────」  声がした。  動物の声等ではない。人の声。それも、高く穏やかな少女の声。  振り向く。○○が寄りかかっていた大樹の傍に、一人。その声の主が立っていた。  黒色のドレスに身を包んだ少女は、くすんだ金色の髪を柔らかく揺らしながら、 ○○の目をしっかりと見て微笑みを浮かべ、 そして未だ腰を下ろしたままの○○へと手を差し出した。image=312981321.jpg
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