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中学二年へと進級し、クラス変えなどもあったが、彼にとっての最大のイベントは他に存在した。
教室の真ん中程にある彼の席の左手一番端、窓が真横にあるその席に、彼にとって最大のイベントの中心人物が座っている。
染井雅(そめいみやび)長い黒髪を後ろで束ね、前髪は眉を隠す程垂らされ、その下に眼鏡を覗かせる少女。一見するととてつもなく地味なのだが、彼は知っていた。染井雅は酷く美少女だという事を。
透き通る白い滑らかな肌に、黒い潤んだ瞳を囲む長い睫毛、唇は桜を貼り付けたかのようで、クラスの他の女子のようにお洒落をすれば見違えるのは明白だった。
だが彼女は全くお洒落という物に興味が無いらしく、いつも一人で本を読んでいた。
その日彼は勇気を振り絞り、相変わらず窓辺で本を読む染井雅に声をかけた。
「染井さん」
少しだけ開けられた窓から春風が吹き込み、カーテンがたなびく。迷い込んだ桜の花びらが何処へとも無く舞い、染井雅の髪へと身を寄せた。
「あなた誰?」
一瞬だけ彼に視線を送った染井雅の言葉はそれだけだった。誰だったのか思い出す努力すら放棄したその言葉は、少なくとも名前を思い出せないクラスメイトに浴びせるような類の物では無い。
「え……俺はクラス変えで一緒になった」
彼はめげる事無く説明をしようとした。染井雅はいつも本を読んでいるんだから、クラスメイトの顔をまだ把握して無いに違いないと自分に言い聞かせ。
「何の用件? 今良い所なの」
染井雅は本から視線を逸らさずにそう言い、ページを捲る。
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