果実

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① オレンジ篇  ベッドから起き上がると、腰にタオルを巻きつけただけのラフな格好で 「オレンヂを剥いてあげる」 と青年が言う。  彼は少し伸びた茶色の前髪を揺らし、バスケットの中から一番綺麗な丸い形をしたオレンヂを選んだ。  橙色の中間照明の中、丸々としたオレンヂは彼の手の中で一回転し、私の喉はこくりと鳴った。  喉が渇いている。  多分、昨夜あんなに 「愛している」 と叫び続けたせいだ。  乱れ切ったベッドに軽く身を起こし、私は彼がオレンヂを剥いてくれるのを待った。  青年の爪は綺麗に切り揃えられていて、でも右手の親指に小さなささくれが出来ている。しかし、彼はためらうことなくその親指を、ずぶりと果実のへその部分に突き立てた。  本当は繊細な癖に、そういう所は何故か男っぽい。 「痛って…」  彼がそう少し眉をしかめながらも、ずぶずぶと親指を押し込んで行くのを見て、なんだか可愛らしく思った。  私の為に剥いてくれるオレンヂだから、余計に。 「美味しそう。早く食べたい」  私の言葉に、青年がふっと薄く笑う。 (仕方のない奴だな) とでも言うように、私にたっぷりとした流し目をくれるのだ。  彼はいつの間にか大人びた笑い方を身に付けていて、時々こんなふとした瞬間に、私の視線を奪う。 「今剥いてるだろ。待ってろよ」  彼の指先が、オレンヂの皮を剥く。
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