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鳶が鳴いた。 心の底まで染みてくるような真っ青な空に、一点の黒を生む鳶。それを一面緑の草原に立って見上げる女は、ふわりと風に髪をなびかせながら満面の笑みを浮かべていた。 女は背中に弓矢を背負い、膝丈で袖の無い小豆色の着物を着ている。帯ではなく腰ひもで固定している辺り、動きやすさを意識しているのだろうか。足下は黒のブーツで、フードのついたカーキ色の上着を羽織っていた。 日の光によって暖められた柔らかい風が、次から次へと女の髪を巻き上げる。 「うわあ! すっごい良い天気だねー!」 そう言って顔にかかった前髪を耳にかけながら、その女はゆっくりと後ろを振り返った。 「そうだな。昼寝でもしてくか?」 女の視線の先にいたのは真っ黒の髪を同じくなびかせる男。藍鉄色した腰丈の着物に黒いズボンはき、女と同じ、膝まで丈のある上着を羽織っていた。その上着が風に揺れるたび、腰に差された刀の柄が顔を出す。 男は一見冷たそうな表情ではあるが、その瞳は優しく女を見つめており、口元はうっすら微笑んでいた。 だが、男の言葉を聞いた女は頬を膨らませて眉を潜める。 「だーめ! ていうか、早くしないと今夜は雨になるって言ったのは拓ちゃんでしょっ?」 「はいはい」 がしがしと頭をかきながら面倒くさそうに返答すると、男は空を見上げた。 この空の下で、今、二人は故郷を後にする。今日から旅立つ二人にとって、ここが新たなスタート地点だ。 終わりはきっと無いだろう。少しでも多く目的を果たすための、長い長い旅の始まり。 「どうしたの?」 空を見つめたまま動かない男を真ん丸い瞳で覗き込む女。それによって我に返った男は、一度深呼吸をして清々しい空気を身体に取り込む。 「……何でもない。行くぞ、葵」 「うん!」 女は駆け寄り、男の腕にしがみついて歩き出した。そんな二人を見送るのは、暖かな風と、大きく輪を描きながら飛ぶ一羽の鳶だけ。 楽しそうに雑談をしながら歩みを進める二人の背には、見えない何かが背負われている。だからこそ歩き続ける男と女。 眩しいほどに晴れた青空の下で始まった、新たな旅の初日。 それから数年を経た今、二人はこの日のことを覚えているのだろうか。 新たな目的を抱き、新たな道を行くと決意した、爽やかな晴天のこの日を──……
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