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──丘の上に一人の女がいる。
赤みがかった茶色をした、肩に少しかかる程度のセミロング。そして百六十センチ程の背丈に、背中に弓矢を背負った彼女は「香賀 葵<カガ アオイ>」。
真ん中に少しの隙間を残して緩く握った右の拳を、同じく右の瞳に押し当てて、懸命に遠くの"何か"を探している。
その目はまさに真剣そのもの。
悔しそうに結んだ口からは、今にも舌打ちが聞こえてきそうだ。
葵の目線の先には鬱蒼と生い茂る森。その中に探しているものがあるようなのだが、目の前いっぱいに広がる森は決して狭いものではない。その中から何かを探すといったら、不可能に近いだろう。
しかし葵が諦める様子はない。
バタバタと丈の長い上着をはためかせながら必死に森の中を見回し、数分が経っただろうか。
ふいに葵の瞳が輝いた。
結んでいた口をニヤっとさせ、物凄い勢いである方向へと走っていく。
跳ぶように丘を下って森に入り、目の前に迫る木々たちを器用に交わしながら駆け抜ける彼女は、普通の女性よりも遥かに高い運動神経を持っていることを感じさせた。
やがて見えてきた巨大な岩を、大きくジャンプをして飛び越える。片手を地面につけ華麗に着地をしたかと思うと、すぐさま立ち上がった。急に動きを止めてくるりと後ろを振り返る葵は、嬉しさと興奮が入り交じった目を輝かせている。
まるで獲物を捕らえたハンターの目だ。
そのハンターのような目と目が合い、先程葵が飛び越えた岩に背をくっつけたまま、苦笑いを浮かべる男性が一人。
「拓ちゃんみーっけ!」
彼を見つけた葵は目をきらめかせ、抱き着こうと両手を広げて飛び掛かるも、男はその熱い抱擁を華麗に交わした。そのせいで顔から勢いよく岩につっこむ葵。
『ぶっ』という葵の声と、衝突した鈍い音が同時に響く。
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