狼の牙

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外にいたジェンは指揮を行っている士官の前まで行く。 ジェンの姿を見た瞬間に片膝をつき、頭を下げる。 よい、と頭を上げることを指示すると、兵たちを頼むと一言だけ言うと彼はまた、前線へ戻ろうとする。 「何処へ行かれるのですか!」 「私は、私自身の居場所を取り戻すために」 それがジェンの覚悟だった。 自らの居場所は、自らの手で。 王たる資格だとか、そんなものは関係ない。 只の我儘だ。自分勝手だ。本当は自分はあそこで待っていなければならない。 だけど、それは嫌いだ。 待って、逃げて、それに意味など無かった。 それは誰でもない、自分自身に屈服することである。でも仕方がない。 自分は子供なのだから。 それは言い訳だ。所詮、自分の責務から逃れる為の、詭弁だという事を知りながら。 だからこそ、もう逃げない。 向かい来る敵はヘルともう一人、見知らぬ男ががすべて殺していっている。 堂々と戦場の真っ只中を堂々と歩いていくジェン。 その威風堂々とした歩きは、まさに王たる風格を持っていた。 人を殺すことが正しいとは思わない。 だけど、だけど人を殺さなければならない時もある。 ましてや、それが自国の民となれば尚更だ。殺したくなど無い。 出来ることなら、みんなが幸福であって欲しい。 しかし自分に向けられた敵意、悪意、殺意に対して反撃しなければならない。 それによって人が死ぬ。 だとすれば最高の矛盾ではないか。殺したくないのに、殺さざるを得ない。 それを罪だと罵る人もいるが、もしそれを罪だというのならそのすべてを背負う覚悟はもうある。 王とは碌でもない仕事だ。 一見すると実に幸福な職業のように見える。 だが、背負うものが違う。 一国を背負う覚悟というのは、その国に住まうすべてを背負う覚悟が在るということだ。 殺人、強盗、傲慢、残酷、裏切り、罪を背負うという事はいつ殺されても構わないということ。 それを今までは理解しないように、遠ざけてきた。 無意識のうちに、自分が楽になりたい方へと、大衆が望むほうへと。 それが正しい事だと思っていた。 大勢が望むことが正しい事だと。正義とはそうであるものだと。 流されるまま生きれば良いと。 そんな考えを捨てて、今ジェンは玉座へと向かう。 怒号と銃声、断末魔や悲鳴が飛び交う戦場を、歩きながら。
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