狼の牙

19/21
前へ
/617ページ
次へ
まさに生命の花と言うに相応しい美しさだ。 一瞬にして花が散ると同時に、ケーニッヒの体も床へ沈む。 「光栄に思えよ。剛炎の技を受けて倒れる事を」 切っ先に残る火を振り払いながら、リオンはそう呟いた。 地面に伏せたケーニッヒは未だ生きていた。 全身に重度の火傷を負っている今の彼は最早虫の息。 「何故、殺さなかったのです」 ジェンは刀を鞘に収めた勝利者にたずねる。 確かに、百火繚乱なら殺すことは簡単だったにもかかわらず、何故殺さなかったのか。 何故虫の息にしたのか。 「理由? そんなもん分かってるだろ」 リオンはそういうと、ナイフを一本だけジェンに渡した。 「……成程、私が選択しろと」 ナイフを受け取ると、ジェンは逆手に構える。 そうしたまま少しの間、ケーニッヒを見下す。 そうして瞳を閉じると、溜息と共にナイフを放り捨てた。 「この男に、私が手を下す価値も無い」 鼻で笑って背を向ける。 それが彼の選択。殺すでも生かすでもなく、只の放置。 そう、選択を放棄するという選択。 それによって、誰に選択権が移ったのか。 「やっぱり餓鬼は餓鬼だったか!」 何処にそんな力を残していたのか、ケーニッヒは飛び上がりジェンに襲い掛かる。 それに気づいていながら、ジェンは背後を振り返る事も脅える素振りも見えなかった。 「勝敗は決しているというのに」 溜息のような呟きがもれると同時に背後で何かが落ちる音がした。 それが何かをあえて確認せずに、ジェンは歩き出す。 勝利宣言を伝える為に。 そこに残ったのは、首無しと毛のついた鞠だけだった。
/617ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7442人が本棚に入れています
本棚に追加