彼の哀歌

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血反吐が出るほどの苦しい訓練だった、とは言い難い。 しかし、リオンの教えは確実にファイ自身の力となっていた。 そして何より、母親の技を使えるようになったことが彼に誇りと、強さを更に与えた。 聞いたことしかない母親の技。 写真の中に写る母親の姿は、どれも綺麗で、凛としていたけれど、そのぬくもりが近くにない事に、空虚な感覚を抱いてしまった。 だけれど、その隙間を埋めることが出来た時、彼はまた強くなった。 誰かを失う事で強くなる。だとするのなら、失わずに強くなれるように。 そうあろうとするからこそ、知らなかった母の温もりを知る事は彼にとってのプラスになったのだ。 負ける訳にはいかない。 敗北は許されない、という強迫観念ではない。両親の息子という劣等感でもない。 「赤より紅く、燃え盛れ。空よりも蒼く、澄み渡れ」 言葉を紡ぐ。それは呪文。赤より青く、空のように澄み渡る蒼炎。 それを体に纏う姿は騎士。 火の粉を払い、白銀に輝く刃閃かせる。 ひゅん、と風切り音ひとつ。 刀を振ってみる。 ちらちらと炎のかけらが散らばった。 行ける。実践で使うのは初めてのこの力、訓練で使用していた時はまだまだ実感がわかなかったが、成程それだけの力を持っている。 赤い炎の倍近くの火力を誇る。 ゆらゆらと揺らめく陽炎のような自己主張をする弱弱しさではなく、凛とそこにあり輝きを放つ蒼い炎は、見ているだけで力強さを与えてくれる。 「塵はチリに、灰は灰に」 焼き払え、と。刀を後ろに構えて思い切り横なぎに振るう。 あふれ出した蒼炎がすべてを飲み込む。 「戦いの前で、卑怯だとか、そんな風に思うな。正義とはただ、勝利のみ」 「それが、君の答えか。まるでリーダーのようだな」 「……俺はあそこまで外道になったつもりはない。でも、決闘なんていうきれいごとを口にするつもりもない」 「なるほど、だから」 周囲の床が盛り上がる。 「君をたたきつぶしたいんだ」 二人の信念をかけた戦いが始まる。 ――――― 「あたた……手荒な事をするねぇ」 誰もいない虚空に向かってそういうリオン。
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