彼の哀歌

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そう、驚いたりはしないはずだった。 しかしリオンは自分の目にしたその光景に、目を見開き愕然としてしまったのだ。 そこに現れたのが、かつて失ってしまった、自分の宝物の姿だったのだから。刀を持ち、薄い青を生地に淡い桃色の、桜の刺繍の入った浴衣に似た衣装を身に纏ったその立ち姿。それは、人の儚さを、あらわしているようで。 「……キリエ……ッ!」 娘、大切な、自分の娘。 「おやおや、どうして不思議ですねぇ。何でかの有名な姫君が現れたのか。大方貴方は彼女に夢想していたのでしょうか?」 卑下た笑いを浮かべながら、トゥーレはリオンに向かってそういう。そう、知らない事なんだ。彼が今、どれ程までの禁忌を犯しているのかも。どれだけ、リオンが自分の娘を大切にしていたのかも。 目の前に現れた娘の姿。彼女の瞳は、虚ろにリオンを見つめていた。 「ああ、本当に驚いた」 少し俯いて、肩から力が抜けたように腕をだらんとさせる。 「おやおや、彼女には本当にいやな思い出があるようだねぇ。もう戦意喪失してるんだからな」 ふふんと笑い、リオンへ向けてその幻影を放った。刀を抜き、茫然と立ち尽くすリオンへ切りかかる。その動きは何の躊躇もなく、白銀の軌跡を形成し、リオンを殺そうと奔る。 それに対して何のアクションも起こさないリオンに、確信した。 (勝った!) そう確信したのも束の間、今更どう反応しようとも致命傷は避けられないその位置でリオンが無造作に、その手を振るう。鬱陶しいものを掻き消すように。ぶん、と。 目の前で燻っていた煙草の煙のように、彼女の幻は消え去った。 幻影をその腕で振り払うなんて、そんな真似は出来ない。 ましてや、実体をもった幻影だ。
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