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「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ、もう……」
立ったままお茶を啜る父の前を素通りして、洗面所へ駆け込む。
「今さら何言ってるんだ。俺は、一度もお前を起こしたことがないんだぞ」
走り去る啓太朗の背に、時間をかけた口調で父は、言葉を投げかける。
「だから、起こせって言ってんだよ。……ったく、俺は、父さんと違って忙しいんだよ」
顔を洗い拭いても、まだ少し塗れているが、構わずに目に止まった菓子パンを数個鷲掴みで取って、そのうちの一個を口に放り込んだ。
「忙しい? それは、お前が悪い」
「俺は、悪くはないよ。悪いのは……」
この人に、言い訳は意味がないのを、啓太朗は思い出す。
言い訳しても父の決まり文句が返ってくるだけだ。
「悪いのは?」
父は、居間のテーブルに新聞を置き、裏玄関が掃除の途中だったのを思い出し、整理を始めた。
「……熊の時計だ」
適当にごまかすことで、その場をやり過ごす。
何しろ、啓太朗は、忙しいのだ。
「熊の? ……それより、向かいの愛ちゃんは、もう行ったぞ」
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