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―――― そう、昨日の夜。
あの出来事は、普通じゃない。
啓太朗は、自転車をこぎながら思い出していた。
「啓太朗、陽平、テレビ消してちょっと来い」
普段立ち入ることを禁じている書斎に、父は呼びつけた。
陽平は、啓太朗の弟で、何よりもサッカー第一の小学校五年生。
本人曰く、結構優秀らしい。
テレビでは、今まさに陽平が大好きな選手がいる日本代表が、宿敵のチームに勝てるか映し出され、リビングルームがスタンド席に変わってしまったかのように、二人は興奮している。
ソファーの上で飛び跳ね、フーリガンに近い熱狂的なサポーターのようだ。
父の声は届いていたが、二人の高揚ぶりは、それどころじゃない。
「啓太朗! 陽平!」
尋常じゃない父のその声に二人の目は合った。
テレビをそのままにし、書斎に駆け込む。
部屋に入ると、父は、低いテーブルの前で正座していた。
何も怒鳴る程の事でもないじゃないか、と二人は思った。
「何? お父さん」
サッカーの勝敗が気になる陽平は、早く事を済ませたく、そわそわしながら言った。
「いいから、そこに座りなさい」
父は、テーブルの向かい側を指さしている。
しぶしぶ陽平は、指示された位置に座る。
啓太朗は、部屋の入り口で呆然と立っている。
「お兄ちゃん?」
啓太朗は、家の中で唯一入ったことがないその部屋の本の量に圧倒されていた。
「この本、全て父さんの?」
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