夜の海

6/7
前へ
/97ページ
次へ
 仲間の一人が羽織っているコートの一部を幽霊でも見たかのような顔で凝視している。魔物退治屋が、たかが紋章一つに怯えてどうするんだ。 「紋章がどうかしたの?」 「ラーチェス家……魔界のトップであり、魔物を統べる者」  あの魔物が何者であろうが興味が無いのでふーん、と適当な返事をすると、仲間の空気が変わり、ざわざわし始めた。別に俺があの男に興味を持とうが持たまいが、こいつらには関係の無い事なのに。 「お前らに手を出さなかったって事は少なくとも俺たちは標的じゃない、敵じゃないんだからそんな焦らなくたっていいだろ。俺は先に帰る。こんな死体まみれの所に居座ってる方が敵を誘き寄せる」  コートに腕を通しながら、大広間を足早に出る。  外に待たせていた馬に飛び乗ると、勢いよく走らせた。  胸の中でぐるぐると回る黒い塊、それを頬を撫でる夜風と、冷たい空気が浄化してくれるような気がする。 「くそっ」  この家に生まれた以上、平和に暮らす事などできない。自分の身は自分で守る。幼い頃からそう自分に言い聞かせてきた。  それが、あの魔物によって乱された。あの時の俺を見る目は確かに俺自身を心配していた。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

171人が本棚に入れています
本棚に追加