夜の海

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「頬が汚れてる」 「えっ、ちょ……」  右頬についている乾いた血を音を立てながら舐められ、どうすればいいのか分からず目を堅く閉じて身体を強張らせる事しかできなかった。  ふと、目蓋を押し上げると魔物の肩越しに戸惑っている仲間が見えた。手を出そうにも魔物がサラを覆っている以上、失敗すれば仲間を殺すことになるからだろう、魔物の動きをじっと見つめている。 「んっ、や、め……」  必死に力の入らない腕で魔物の胸板を押すが抵抗らしい抵抗にならず、ガッ、と腕を掴まれた。 「な……に?」  いつもならこんな奴、有無も言わせず斬るのに今日に限ってはそれができない。雰囲気がタクトに似ているからだろうか、右手が動かない。  相手の様子を窺うように伏し目がちに見上げれる瞳、抵抗しようとしない右手、震える声に嫌気がさす。 「好きだ、サラ」 「……は?……はぁああああ?」  不意を突いて出た声は自分でも驚くほど大きかった。意味が分からない、と言おうとしたが、頬に触れた柔らかな感触に言葉にはならず、金魚のように口をぱくぱくするだけだった。 「再び逢える事を願うよ」
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